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2009年1月

<2009年> 新年明けましておめでとうございます。

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今年がどんな年になるかは、誰にもわからない。もちろん神様にもわからない。昨年後半から起きた経済不況は、もっと前からその下地(バブル金融)があってのことです。その下地が育つ時点では、その原因からこうした結末が来るとは誰にも予測できなかったことです。もちろん神様にもわからなかったと言う事実があります。

それは、宗教人ですら、こうした経済不況の予言をしていないからです。もし、2008年末に起きた経済不況の予言がなされていたら、経営者であれば誰しも、その宗教人が唱えるバイブルを買い求め、企業の事業計画に反映させるでしょう。

人間が想像していた神が死んだとは、このことを指すのでしょう。世間では、いや、世界では、地球温暖化防止というタイトルが舞い上がっていますが、この世界的経済不況が、地球の温暖化抑制に対して大いに貢献していることは、実に皮肉なことです。

29日のテレビ番組欄を見て、卒倒しました。なんと、NHK教育では、午前と、夜の部で、番組の放映を中止しているのです。その主旨は、NHKが温暖化に対して取り組むアピールだというのです。すなわち、セレモニーなのでしょう。

NHKは、もともと、莫迦な放送局であることは、池田晶子さんが証明してくれましたが、こうも、莫迦とは思いませんでした。これが、国民から徴収している放送局の仕業なのかと思うとなるほどと思います。

この行為はいったい何なのでしょう?パフォーマンスであれば、単なるセレモニーとして了解できます。でも、マジで、これが地球温暖化に対するNHKの取り組みとすれば、これほど莫迦な行為はありません。

なんだ、それなら、放送をすべて止めてしまえばよいではないか?バラエティー番組の多いい民放も、ご他聞に漏れず、「愛は地球を救う」と、宣ふことなく、放送を止めることが一番です。でも、そんなことができないし、難しいのですから、禁じ手を何故使うのだろう?やっぱし、ナンセンスな行為と知りつつもやるのは、公共的放送局の宿命なのか?

さて、この不況は、ある意味で、淘汰の世界でもあります。生き残れるのは、法律を犯してでも生き残ろうとする悪意ある強者か?法律を遵守し、個人であれば、しっかりとした自己の確立と、信念ある行動を持っている人、企業であれば、確固たる経営理念と、それを支える企業体質、すなわち、経営システムを持っている企業だけが、この競争で優位的立場にて頑張れます。

そうでない、弱い人、いい加減な経営をしている企業は、最初から弾き飛ばされるでしょう。自然は、とてつもなく、非情なのです。「正義」と言う言葉は、真理として別に存在しているわけでもなく、「悪」に対しての単なる相対的な言葉なのですから、「弱者」を守るのが正義かと言うと、そうでもありません。むしろある意味で、「弱者」に対して、毅然とした態度で臨むのが、正義なのかもしれません。何故、「弱者」になってしまったのか?というところが問題であるからです。それは、今回の世界不況がこうなってしまったことが、仕方ないことなのか?と言う論理と同じように、「弱者」になってしまったのが、やむないことだったのか?という論理と相似ですね。

でも、何事も今からでも遅くはありません。不思議と、道は拓けるものです。そのために人類は、毎年のように、新年を祝うではありませんか?

個人も、企業も昨年の怠けを改めて、汗を流して今年一年を乗り切ろうではありませんか?ただし、身体の汗を流すだけでは、この厳しい不況は乗り切られません。やはり、考えて、考えて・・・考えることでステップを踏む必要があります。

世界不況のおかげで、考える年になったではありませんか。

by  大藪光政

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