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2008年11月

"実体経済”という言葉が使われる世の中について思うこと・・・

 005_6                                                          アメリカ経済が、バーチャルな信用取引で壊滅的な打撃を蒙り、株価の下落とともに、直接的な、サブプライム問題による損害が左程、日本の金融機関に無かったとはいえ、“日本の実体経済”がおかしくなっていくのは確実といわれています。

今まで、こうした実体経済という言葉が、流行らなかったのに、昨今ではテレビのニュース解説者がしきりにこういった文言を述べています。

資本主義体制の経済において、こうした実体経済という言葉があるということは・・・虚体経済という言葉は無いので、虚栄経済と表現した場合、そうしたものがあることを指します。

虚栄経済という言葉を解釈すると、嘘でつくられた経済発展というべき意味合いとして用いることができます。

でも、戦勝国の立派な自由主義先進国アメリカがそうした嘘を基にした倫理性に欠けるマーケットを政府が認めるはずがありません。

どこで、歯車が狂ったのか?

それは、とどのつまり、商取引における中身で、信用取引という落とし穴でのトラブルが発端ですから、原因は『 信用=嘘 』というからくりが、そこに当然あるのです。

昔から日本の商取引には、約束手形という、信用取引の型があります。これは、信用上相手の手元に現金が無くても、「後決済でいいよ。」という商慣習でもあります。

でも、不渡りを摑まされて、泣きを見るのは、今更始まったことではありません。つまり、日常茶飯事なのです。商売をやるものは、そのリスクを知りつつ、わきまえてやるのが常識となっています。その約束手形で、日本経済が危機に陥ったということは今までありません。融資とは少し違います。

手形には、裏書という手法で、企業間を回り渡りますが、ある意味で、限定的なものであって、決済も明確ですし、不渡りになると、不渡りを出した企業は、金融機関から締め出しをくらいますから、企業活動に支障をきたします。多くは、不渡りで、信用を無くし、倒産ということになります。

そうしてみますと、同じ信用取引でも、きちんとした明確な確証がとれ、リスクを認識しての商取引ですし、取引エリアがかなり限定的な閉ループになっていますので、これが日本経済を揺らがすことはありえません。

但し、大手企業倒産の場合は、不渡手形による連鎖倒産が続出しますから、社会不安を引き起こすこともありえます。

今回問題になっている融資の連鎖焦げ付きは、信用金融商品に、信用の実体が無いということでしょう。焦げ付く可能性を隠すように、企業の格付けブランドだけで、信用させる複合パッケージ金融商品的なものを創出して、お金がお金を生むことをやりだしたことです。

実体が無いということは、そこには生産性なるものが無いということです。信用というバーチャルな価値を商品化して、お金を紡ぎ出した虚栄の繁栄、それが虚栄経済です。

でも、畢竟、そのつけを支払うのは、一般の人々です。

政府は、経済対策として、五兆円規模の支出を検討しています。国民に直接ばら撒くお金もその中に入っています。でも、地方を入れると1000兆円もの隠し借金があるのに、まだやるのか?といった疑問を残します。

大恐慌になってからでは、遅いと脅されると、なんだか野党も反対しづらいでしょう。お金が返せないのに、闇雲に借金を重ねる・・・そのつけは、最終的には国民が負う。ということを忘れてはいけないのですが・・・。それと、日本の信用が失われた時は、国債の金利を上げないことには、誰も買ってくれなくなりますから、そうなると、本当の破局が起こりますね。つまり、膨大な借金の金利で苦しむことになりますから・・・。

日本もある意味で、こんなに膨大な借金で経済が成り立っているのだから、虚栄経済といわざるを得ないと思います。

でも、どなたも、今日の日本経済を虚栄経済という言う方はおられないでしょう。

それは、日々の自分の生活に実体感があり、自分は真面目に働いていると確信されているからです。しかし、ある日突然、そのつけが国民に回りだした時に、初めて、過去の虚栄経済の存在に気付くのでしょう。

しかし、多くの齢相応の方は、ご自分の寿命を計算して・・・その頃には、もうこの世にいないよ・・・と、安堵されているでしょう。

by 大藪光政

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