« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

西順一郎先生との出会い・・・

001_2

先日、MG(マネジメント・ゲーム)で、有名な西研究所の西順一郎先生に、先日お会いしました。丁度、福岡にてMG研修が予定されていて、それを機会にお会いすることができました。

西先生は、Googleで検索すれば異色な経歴の持ち主であることがわかります。しかし、ご出身が長崎県平戸市ということで、同じ九州人としての親近感が持てます。

先生のこれまでの業績を理解するには、先生の辿った道を経歴で見てもわかりにくいところがあります。東大文学部を出られて、三菱重工㈱長崎造船所に勤務され、ソニーに転職されてからは、その後独立されて1981年に株式会社西研究所を設立されています。

こうした経歴の方と私との接点はまったく無いように見えます。強いて言えば、同じ電子機器産業界出身であるという程度でしょう。そして、お互いに独立しているということぐらいです。その二人がどうして会うことになったのか?

先生は、私より十三歳年上ですから、歳だけでも先達です。(後日、『戦略会計』を読んで、先生がSEとしての潜在的力量を持たれた先達であることに気付き驚きました。) 

そして何故、先生と出会うことになったのか?そのきっかけは、『マイツール』です。これは、リコーが世に出した最終のフリーウェアバージョンのデータベース型総合ソフトで、この評価を私がHPや、ブログに書き込んでいるのを金子氏(現在、まだお会いしたことの無い方です)が見つけてそれを西先生に紹介され、それを知った先生の方からアクションが始まったのです。

そこが、先生のすごいところだと思います。著名人は、経歴に物を言わせて動かなくなるものですが、先生はとても行動的です。それだから、時代の潮流に乗って次々とお仕事を展開されたのだと、これは先生の『戦略会計』を読めばすぐわかります。これについての感想は、別のサイトでご紹介したいと思います。

西先生が、私の記事を見られてアクションをすぐ起こされた一因として、『マイツール』の優秀さを、SE(システムエンジニア)のワークの中で、マイクロソフト社のVB(ビジュアル・ベーシック)と対比させて、具体的に指摘した点にあったと思います。

それが証拠に後日、MG研修二日目に飛び入りでその話をするよう依頼されます。前日の夜のときは、何かを喋ってもらうという依頼でしたので、「急な依頼の方が私としては、準備しなくていいから・・・その方が気楽ですし、助かります。」といって、テーマが何でもいいのであればと気楽に構えていましたが、話す直前に「マイツールの優れているところを・・・」と先生がテーマを限定されましたので、「うーん」と考え込みました。

それは、この研修に参加されている皆さんが、どこまで、『マイツール』を知っているか?それによって、話し方が変わってくるからです。それで、お話しする前に、挙手でその調査をしました。結果は正規分布グラフのような統計学的感覚で見ますと、非常に分散していました。

これは困ったと思いました。何故かと言いますと私の主義は、アジャスト・マーケティングだからです。つまりその人のレベルに合わせて話をするということになりますが、この場において専門的な話をする相手のスキルがかなり分散しているということです。

しかし、頂いた時間は四十分間ということで、益々「うーん」です。それで、私の自己紹介は、もういい、と思って話をし出した途端、先生から「その前に、経歴を話してください」と釘をさされて、これまた「うーん」です。私としては経歴を棒読みするのが嫌いで、どうしても経緯を少し加えます。つまり、何でもストーリとして話したいのです。

これで、また時間がロスってしまいます。それで、サラリーマン時代だけで終わらせて、私の独立後の仕事については一切触れることはできませんでした。つまり、私のコマーシャルは無しと言うことです。でも、もともと人にコマーシャルするのは嫌いですから、そのことについてはどうでもよい事です。

そんな状況下ですから、私のCPUはコアが幾つあっても足りないぐらい、『話のインデックス探し』、『質問すべき内容の設定』、『質問に対する回答の分析』、『わかってもらえるレベルにする工夫』、『云ってみてわかっているのかどうかの直覚確認』、『是非とも知っていて欲しい重要度の優先順位』、『横に座っておられる西先生の反応?』そして『予定通りに終わらせる時間の算段』、といった演算がぐるぐる回り始めました。つまり私のCPUは可愛そうにも即、発熱状態で始動し始めたのです。おまけに対話形式が好きな私は、参加者名簿が最初無くて閉口しました。・・・(これは後でテーブルに出されましたので、ホッとしました。)

CPUが落ち着いてくると、一気に欲が出て、やっぱし『マイツール』は、皆さんにオートで動かしてもらわないと宝の持ち腐れと思って、オートの話を熱心にし始めましたが、中にはオートがわかる人がいて、こちらの後半を省略したプログラムに対して「そのままではそうはなりませんよ」という指摘があり、「おおっ、わかっている人がいるな・・・」と、うれしくなりました。その方は、後で挨拶に来られた中小企業診断士の吉原秀令氏でした。

あと、対話を終わろうとした時、西先生の方から「質問を受けてやってください」とのことでしたので、若干質問を受けました。しかし、マイツール上の私の実務とネットワーク・トラブルなどの実務に関する質問だけで、本質を突いた質問が出ませんでしたので、少しがっかりして、「もっと鋭い質問はありませんか?・・・私を困らせるような!」と言いましたが、あとでちょっと無理で手厳しかったかな?と反省しています。

こんな調子で、結局一時間程度で話は終わりました。しかし、マイツールをVB以上にビジュアルにする方法など語るところまで行かず、消化不良を起こした気分でしたが、短い時間で参加者との対話もできましたので良かったと思っています。

話は変わりますが、西先生が福岡に入られた当日の夜、ハイアットホテルにて夕食を取りながら、お互いに初対面なのに旧知の人との再会といった雰囲気で対談させていただきました。先生は平常心で、お食事の箸がどんどん進んでいましたので、こちらは田舎侍の剣の腕試しということで哲学の話を持ち出して・・・李卓吾の話を仕掛けて真剣を抜き振り下ろそうとしましたが、ちょうど塚原 卜伝の逸話のように、鋭い目でぎょろりとして、勉強熱心ですねみたいなことを云われて、お酒をお飲みになっていたので・・・ああ鍋蓋で軽く受け止められてしまったなあと思いました。

そのとき、先生の強さが身にしみました。なかなかそういった先達の人とは、お会いしたくても出来ないものですから、大変有難い、お時間を頂いたと思っています。

ご一緒させて頂いた他の合間では、文学の話などで、「川端康成の小説は子供の文学だ!」などと福田さんが講演で云っていましたけど・・・と、お話しすると、「ああ、福田恆存ですね」と了解され、お互いににっこり笑いました。

そうして、二日間に渡って先生とは色々と話は弾みましたが、先生は常に私が話を持ちかけると、人の名前と年代をきちんと問いかけて来られました。これには、ちょっと閉口しました。

私は、人の名前は"代名詞"であるから、暗記する気になりません。年代は、私の考えとして過去も未来もすべて、現在の中にあるという考えと、2000年前だろうが、現在だろうが人の本性は変わっていないものだという先入観があるからです。

世界史が好きな私にとって、人の名前だろうが、年代だろうがそんなことはどうでもよくて、出来事について想いを巡らすことが好きなのだ・・・その結果たまたま人の名前を自然と覚えることもあるし・・・といったタイプで・・・とにかく覚えることが苦手なのです。幼少の頃は異常に暗記が得意でしたが、物事を考えるようになってからは脳が暗記することを受け付けなくなったようです。その点、先生は考えつつ、尚且つ大変几帳面に記憶されていているのが印象的でした。

さて、いよいよ志賀島で西先生と研修の皆さんとお別れという時に、私に近づいて来られた研修受講の方が、「マイツールのオートの話を聞いて、私もオートをやってみる気になりました。」と突然、率直にわざわざ伝達されたのには、うれしさ百倍でした。

人に語りかける楽しさとは、語りかけた人がそうして動き出したことを知った時ですね。

by 大藪光政

|

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »