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2008年3月

創立記念日、昭和63年3月17日が近づいた頃・・・

3 今月は、創立記念の月です。

ローム株式会社を円満退職して、独立してマイテックを設立したのが、昭和63年3月17日です。独立する時は、サラリーマン時代の仕事に関連したことをやるのが普通ですが、私の場合はまったく違った異業種を手掛けました。

もともとサラリーマン時代には、技術開発の仕事から、営業、技術営業、市場開発など変化に富んで、そしてセットメーカー、パーツメーカーと二社に渡って歩いてきましたので、まったく違った分野をやるにしても、特に違和感はありませんでした。むしろ新しいチャレンジばかりで面白い日々を過ごしました。

独立は、当初から個人としてではなく、資本金500万円からの法人としてのスタートを切ったのですが、現在みたいに「1円での株式会社設立OK!」みたいな国の支援や、サラリーマンからの独立支援みたいな制度もありませんでした。

考えてみると、1円から株式会社を設立することができるなんて云うのは、とてもおかしな話です。独立してすぐに利益が出ることは普通ありえないからです。もし、それがありえるとしたら、サラリーマン時代から準備した仕掛けがなければなりません。

そうした前準備も無く、きちんと前の会社に迷惑が掛からない様にして責務を果たし、前の会社の業種とはまったく無縁の仕事を手掛けるとしたら、三年間は利益が出ないことも覚悟して掛からねばなりません。

そうしますと、やはり当時資本金500万円 (現在1000万円) からのスタートは妥当だったと思います。国のそうした変な気安く独立できる法的規制緩和は、本当に継続性ある企業を育てないような気がします。ベンチャー企業が、線香花火のように、ぱっと咲いてはすぐに散ってしまう・・・そんなことを見かけるのが日常茶飯事です。

法人としてスタートして弊社みたいに20年以上生き延びている企業がこの九州でも果たして何社あるでしょうか?たとえ会社の規模が大きくなっても、すぐに倒産してしまえば、社会的な迷惑を蒙るだけです。

個人ならいざ知らず、法人は存続することに意義があります。そして、法人としての税を納める義務もあります。弊社は20年間ずっと法人県民税と市民税を納め続けています。これは企業として当たり前のことです。個人事業はその義務がありません。

以前、勤めていたアイホンやロームは、もともとは中小企業からの出発企業です。そして、現在は大企業の仲間入りをしていますが、私はその中小企業の時代を共にして仕事をやってきた経験があります。そして、その二社がいずれ大企業になることは予測して入社しましたし、そこを出るときには確実になる一歩手前だったのです。

私が、その二社から別れたのは、決してその会社がいやになったのではなく、私の生き方を見つけようとしたからです。ですから、今でもそうした二社におられる方とは、毎年年賀状にてやりとりしていますし、私を当時、可愛がって頂いた諸先輩を今でも懐かしく回想します。皆さん現在も、立派なお仕事をなさっています。そして、現在の経営者に対しても感謝の念を抱いております。

さて、二社の経営者は、共に高いモチベーションを持ち、社員教育も熱心でしたし、企業目的とか経営理念が明確で、それに応えるよう経営者から叱咤激励されたものです。

つまり、企業は経営者次第なのです。経営者の決意が社員を動かす、すなわち会社を動かすのです。そして、内や外の人をうまく使って動かすことの出来る経営は、自ずと成長していきます。アイホンはセットメーカーで、ロームはデバイスメーカーでしたが、メーカーとして優れていたのは、両者とも品質や技術は云うまでもありませんが、オリジナルの製品作りと、営業戦略に対してはとてもうまかったと思います。

つまり、メーカーは技術だけに溺れることなく、オリジナルの製品作りと営業戦略に対して強い体制を敷いていることがもっとも大切であるということを学び取ったわけですが、それを具現化している中小企業のメーカーは、果たして何社在るでしょうか?

九州は自動車産業で活気付いていますが、地場の企業は二次、三次の下請けばかりで、一次は、たったの一社です。「いつまでもあると思うな、親と金」の格言と同じで、自動車産業の下請け重視でビジネスをやっていて、それが果たして10年、20年と長くもつのか?はなはだ疑問です。

やはり、自社オリジナルの製品を育てて、営業力をつけることこそ、企業が生き残る真の道でしょう。そうしたことを常々考えておられる九州地場の経営者と出会い、共に仕事ができれば本望だと思います。

by 大藪光政

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